変わりゆく街の魅力を再発見 新・小杉散歩

2017.09.14

小杉の偉人と八百八の橋

JR武蔵小杉駅の歩道橋の階段わきに、石畳のデザインが一部異なっている箇所があります。

これは中原街道界隈の村々にあった小川と石橋を再現したもので、その横にはひっそりと、「八百八橋の碑」という記念碑が建てられています。

八百八橋とは、今から250年程前、当時の商人・野村文左衛門が私財を投じて作った、八百八つの橋のこと。
その昔、小杉周辺には田畑のための小さな水路が村中にみられました。それらの水路には木や土で作られた橋があったものの、雨による増水のたびに破壊され、その都度架け替えていたようです。
丸子で魚肥(ほしか)商を営み、財を築いた野村氏は、その状況を解消すべく、街道沿いの村の人々のために千個の石橋を架けようと決心。伊豆から石材を取り寄せ、1772(寛政3)年に亡くなるまで、八百八つの橋を架けたと伝えられています。

武蔵小杉駅の記念碑は、その野村文左衛門の功績を称え、1964(昭和39)年に、武蔵中原観光協会と丸子多摩川観光協会が共同で建てたもの。武蔵小杉駅のほかにも、八百八橋の遺構をいくつか展示しています。
なかでも中原区役所は、敷地内に中原区内の石橋の遺構場所を地図に記載。八百八橋遺構めぐりができるように案内しています。

石橋を並べて再現した向かいには、直接触れられるように、ベンチとして設置しています。

小杉陣屋町の石橋醤油店前にも、かつて武蔵小杉駅に展示していた石橋の一部を移設したものが、石碑とともに展示されています。

さらに丸子方面へ足を向けると、大楽院の境内にも、2つの石橋がありました。

こちらは中原区役所同様、ベンチタイプになっていますが、手前の石橋には「此橋小杉村橋御座候江共此一枚上丸子村野村文左衛門寄進仕候安永二歳己九月吉日」と刻まれていて、とても貴重なものとされています。
「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「<資料>八百八橋碑除幕式によせて」より

大楽院からさらに東へ進んだ先、丸子日枝神社では、境内から200メートル北西の地中から発掘されたものを展示しています。

すべては回っていないものの、散歩がてら気軽に楽しめる八百八橋遺構めぐり。最後は、新丸子駅前の岡野栄泉へ。「川崎銘菓 八百八橋」もまた、野村氏の業績を広く知らせたいとの想いからつくられた、郷土銘菓です。

八百八橋については、こちらもご覧ください。
「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「<資料>八百八橋碑除幕式によせて」

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