変わりゆく街の魅力を再発見 新・小杉散歩

2017.10.26

第3回 コスギカレーEXPOが開催されました

10月20日コスギフェスタの前夜祭という位置づけで開催された、第3回コスギカレーEXPO。
不安定な天候が続き、開催も危ぶまれていましたが、どうにか雨も降らずに予定通り開催。また、特設のステージでは、タワレコ秋祭りミュージックフェスタも行われ、この日を待ち望んでいた家族連れや、仕事を終えて週末の夜を楽しむビジネスパーソンたちで大変な賑わいをみせていました。

参加店舗は、武蔵小杉・新丸子に店を構える個性豊かな人気店8店舗。

  • バカソウルアジア(新丸子)
  • JAGA(武蔵小杉・新丸子)
  • New Namaste Himal 向河原店
  • Powers(新丸子)
  • 100時間カレーB&R 武蔵小杉店
  • 新丸子カレー工房パルコ(新丸子)
  • コスギカレー(武蔵小杉)
  • ニューパンジャビバーベキュー(武蔵小杉)

昨年好評だった「食べ比べセット」は、今年、容器を改良して1,000食限定で販売していました。
チケットは「ごはんチケット」1と、好きな店舗でカレーと引き換える「カレーチケット」が4枚で1,200円。専用のブースでチケットを購入し、まずはご飯と引き換えます。

カレーチケットを手に各店舗のブースに並び、カレーと交換します。
交換できるカレーは、タイ風グリーンカレー、キーマカレー、バターチキンカレー、ビーフカレーなど、店舗によって個性さまざま。セット用のカレーは、お子様連れの多い武蔵小杉ならではの特徴で、8店舗中5店舗が甘口でした。しかしそこはさすが専門店、大人が満足できる食べ応えのものばかり。
食べ比べセット以外のメニューも、それぞれ個性豊かでバラエティが豊富。駅から出てくる会社帰りの人々も、スパイシーな香りに誘われて立寄るようで、時が経つにつれ、行列がどんどん伸びていきます。

この間、特設ステージでは8組のアーティストが絶えず熱いパフォーマンスを繰り広げていました。
なかでもタワーレコードスペシャルライブ枠のアイドルグループ、ぷちぱすぽ☆、東京女子流は、熱狂的なファンの方々が多く駆けつけ、大いに盛り上がりました。

来年はどんなアーティストとのコラボが楽しめるのでしょうか。楽しみですね。

ページトップへ戻る

2017.10.16

コスギフェスタ2017が開催されます

今年で7回目を迎える武蔵小杉最大のイベント、コスギフェスタの公式ガイドブックが現在配布されています。
今年は10月21日(土)、22日(日)に開催。前夜祭は20日の16時から行われます。

3日間のプログラムは下記の通り。

20日の前夜祭では、16時から21時まで、昨年2万人もの人々が訪れた「コスギカレーEXPO」が、こすぎコアパークにて開催されます。
こちらはコスギフェスタに併せて開催されているコスギカレーフェス参加店舗の中から、8店舗が出店するカレーの祭典。16:30からは1,000食限定で「新・食べ比べセット」も販売されるとのこと。同時刻にはタワーレコードによるミュージックイベントもコアパークで開催されているので、食べ比べとステージを同時に楽しむことができます。

本祭となる21日(土)は、イベントが盛りだくさん。
なかでもハロウィンに関連するイベントは、小杉で育つ子どもたちやファミリーに大変な人気を得ています。パパママたちの頑張りもあってか、コスチュームのクオリティも年々高くなっています。

最終日の22日(日)は、昨年大好評を博したスポーツイベント「コスギんピック」が開催されます。競技種目は昨年の大綱引き、ダンシング玉入れに、今年は大玉送りがプラス! さらに優勝賞品には高級和牛5kgが予定されています。
(応募は先着順ですが、本記事掲載時点では募集中とのことです)

最後に、コスギフェスタ実行委員であり、新小杉開発株式会社取締役でもある安藤均さんよりコメントをいただきましたので、紹介します。

今年で7回目を迎えるコスギフェスタ。20日(金)の前夜祭のカレーフェス、21日(土)3,000組の子どもたちが参加するトリックオアトリートスタンプラリー、22日(日)昨年度からはじまった、綱引きと玉いれなどを行うコスギんピック。
その他、地元の小中高校などのステージコンサート、仮装パレードなどその他もりだくさんの企画があります。
昨年は、3日間で10万人の来場者がありました。ぜひ楽しんでください。

武蔵小杉の1年に一度の大イベント。新・小杉散歩でも開催の模様をお伝えする予定です。お楽しみに。

コスギフェスタ2017公式サイト

ページトップへ戻る

2017.10.05

等々力緑地

この数日ですっかり秋らしくなり、散策が気持ちの良い季節になりました。そこで、本日は小杉エリア定番の散策スポットである等々力緑地を歩きます。

まずは、正面広場からスタート。

等々力緑地は現在再編整備が進められています。硬式野球場工事の仮囲いには、完成イメージのパースが描かれていました。

川崎市建設緑政局の発表によると、廃棄物の調査や地盤の問題などで、竣工までのスケジュールを再検討しているようです。
まだまだきれいな更地ですが、完成すると内野6,000人、外野4,000人という収容人数の球場になるとのこと。これまで以上の賑わいが予想されます。

川崎フロンターレの本拠地である陸上競技場へ向かうビクトリーロード付近では、フロンターレチームカラーの太陽光ハイブリット型風車や子ども用の遊具があり、試合のある日は大変賑わいます。ここを通るだけで応援気分が高まりますね。

思わず写真に収めたくなるような、かわいいオブジェも。

この等々力緑地内は、いま話題のSNS映えするスポットがたくさんあるんです。

たとえば、競技場のゲートには、「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」とコラボしたキャラクターのブロンズ像があります。

ドラミちゃんやコロ助など、8カ所に設置されているので、ぜひ探してみてください。

また、釣り堀に面したベンチからは、こんな景色が楽しめます。

緑豊かで、まるで避暑地に来たような光景に見えませんか?
(実際はこのベンチの付近で酒盛りが始まっていましたが…)

釣り堀の遊歩道入り口には、花時計も。
この遊歩道は、春は桜が美しく、人気の場所ですが、いまの季節も静かで散歩に最適のスポットです。
まだ完成スケジュールは出ていませんが、陸上競技場の第2期整備に併せて、この場所に日本庭園や蓮の池を作る予定だそうです。

落ち葉が徐々に色づいてきました。どんぐりもごろごろ落ちています。

遊歩道入り口の道の反対には、ふるさとの森が。ここでも、秋を感じる写真が撮れました。

歩道のわきに、きのこが生えていたり。

銀杏の紅葉はまだ少し先ですが、実はたくさん落ちていました。

秋を見つける等々力緑地の散歩、とてもおすすめです。
この時期ならではの発見がたくさんありますよ。

等々力緑地
川崎市中原区等々力1-1
武蔵小杉駅より府中街道を通り徒歩約20分

ページトップへ戻る

2017.09.28

中原街道のカギの道と小杉御殿

中原街道を小杉十字路から西明寺参道入り口に向かう途中に、「カギの道」と呼ばれるクランクの道があります。

小杉十字路方面から見た、西明寺の交差点。

西明寺交差点から、参道の入り口方面へ。右側への直角のカーブになっています。

この道の由来は、徳川二代将軍・秀忠がこの地に御殿を建てたことにさかのぼります。
見通しが悪く、わたしたちには決して便利とはいえない道ですが、この形状は敵が侵入するのを防ぐのに有効とされ、城を守るための重要な役割を果たしていました。

西明寺参道の入り口には、この小杉御殿跡を示す石碑と、見取り図看板が設置されています。

西明寺の参道に建てられた御殿跡石碑。1969(昭和44)年に武蔵中原観光協会が建てたもの。

石碑の後ろに設置されているカギの道の案内板。御殿の敷地はおよそ12,000坪とされ、絵図には表御門、御主殿、御殿番屋敷、御賄屋敷、御蔵、御馬屋敷、裏御門などが示されている旨を、「御殿見取り図」ともに説明しています。

「小杉御殿見取絵図」は、小杉村名主、安藤家に残されています。(「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「小杉御殿とカギの道」より)

小杉御殿見取絵図から作成された御殿の図。(「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「小杉御殿とカギの道」より)

江戸初期にはそのような役割を担っていたものの、車社会の現代では、交通事故を招く可能性の高い道となってしまいました。
現在川崎市では、このカギの道を解消すべく、西明寺参道入り口から小杉十字路を直進する道路の新設工事を行っています。

中原街道の拡張工事。(「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「中原街道の「カギの道」の解消へ」より)

工事中の新道。西明寺参道入り口方面から小杉十字路方向を見た様子。

長く行われている印象のこの工事ですが、川崎市建設緑政局道路整備課によると、今年3月末時点での用地取得率は、約86%。2025(平成37)年の完成に向け、最優先で取り組んでいる路線とのこと。とはいえ、少し気長に待つ必要がありますね。

この土地は、工事前に遺跡発掘調査が行われており、小杉御殿に関する遺構は見つかってはいないものの、用水跡の可能性が高いとされる江戸時代前半に掘削された溝や、江戸末期から近代初頭の柱穴・土杭、また、川崎の地で明治から関東大震災の頃まで操業していた、御幸煉瓦製造所製の「御幸レンガ」などが発掘されたと、川崎市教育委員会が発表しています。

いずれも貴重な発見であることは間違いなく、現在も小杉陣屋町2丁目で同様の調査を行い、その後工事を進める予定とのことです。

江戸の御殿に思いを馳せるこの埋蔵文化財発掘調査。この先がとても楽しみです。

カギの道については、「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブに詳しく掲載されていますので、こちらもどうぞご覧ください。

小杉御殿とカギの道

中原街道の「カギの道」の解消へ

ページトップへ戻る

2017.09.25

開発地区の仮囲いにイラストが出現!

「小杉3丁目東地区=Kosugi 3rd Avenue(コスギ・サード・アベニュー)」の武蔵小杉駅側の仮囲いに、先日2種類のイラストが掲示されました。

ひとつは「道から生まれる街」をテーマにしたもので、宿場町として栄えた中原街道の歴史と、そこから発展した小杉の街の成り立ちを描いたもの。

もうひとつは、「小杉町3丁目の歴史」をモチーフに描いたものです。
街道を中心とした往来から、武蔵小杉の駅へにぎわいの要が移り変わった、昭和の街の変貌を表現しています。

この仮囲いイラストは、今後も順次更新する予定です。

また、「小杉3丁目東地区=Kosugi 3rd Avenue(コスギ・サード・アベニュー)」のサイトが新しくなりました。Kosugi 3rd Avenue

仮囲いのイラストの世界観で、小杉町3丁目の歴史と、この先の展望をお楽しみいただけるサイトになっています。ぜひ、ご覧ください。

ページトップへ戻る

2017.09.14

小杉の偉人と八百八の橋

JR武蔵小杉駅の歩道橋の階段わきに、石畳のデザインが一部異なっている箇所があります。

これは中原街道界隈の村々にあった小川と石橋を再現したもので、その横にはひっそりと、「八百八橋の碑」という記念碑が建てられています。

八百八橋とは、今から250年程前、当時の商人・野村文左衛門が私財を投じて作った、八百八つの橋のこと。
その昔、小杉周辺には田畑のための小さな水路が村中にみられました。それらの水路には木や土で作られた橋があったものの、雨による増水のたびに破壊され、その都度架け替えていたようです。
丸子で魚肥(ほしか)商を営み、財を築いた野村氏は、その状況を解消すべく、街道沿いの村の人々のために千個の石橋を架けようと決心。伊豆から石材を取り寄せ、1772(寛政3)年に亡くなるまで、八百八つの橋を架けたと伝えられています。

武蔵小杉駅の記念碑は、その野村文左衛門の功績を称え、1964(昭和39)年に、武蔵中原観光協会と丸子多摩川観光協会が共同で建てたもの。武蔵小杉駅のほかにも、八百八橋の遺構をいくつか展示しています。
なかでも中原区役所は、敷地内に中原区内の石橋の遺構場所を地図に記載。八百八橋遺構めぐりができるように案内しています。

石橋を並べて再現した向かいには、直接触れられるように、ベンチとして設置しています。

小杉陣屋町の石橋醤油店前にも、かつて武蔵小杉駅に展示していた石橋の一部を移設したものが、石碑とともに展示されています。

さらに丸子方面へ足を向けると、大楽院の境内にも、2つの石橋がありました。

こちらは中原区役所同様、ベンチタイプになっていますが、手前の石橋には「此橋小杉村橋御座候江共此一枚上丸子村野村文左衛門寄進仕候安永二歳己九月吉日」と刻まれていて、とても貴重なものとされています。
「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「<資料>八百八橋碑除幕式によせて」より

大楽院からさらに東へ進んだ先、丸子日枝神社では、境内から200メートル北西の地中から発掘されたものを展示しています。

すべては回っていないものの、散歩がてら気軽に楽しめる八百八橋遺構めぐり。最後は、新丸子駅前の岡野栄泉へ。「川崎銘菓 八百八橋」もまた、野村氏の業績を広く知らせたいとの想いからつくられた、郷土銘菓です。

八百八橋については、こちらもご覧ください。
「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「<資料>八百八橋碑除幕式によせて」

ページトップへ戻る

2017.09.07

山下清とその仲間たちの作品展

川崎市市民ミュージアムでは、9月2日から「生命の表現力 山下清とその仲間たちの作品展」が開催されています。

この企画展は、貼り絵の天才と称された画家・山下清の作品50点と、清を育てた知的発達障害児入園施設「八幡学園」で、ともに育った仲間である石川謙二・沼祐一・野田重博の作品を紹介するものです。それぞれの人物像や作品の特徴に加え、障害を抱えた子どもたち一人ひとりに愛情を注ぎ、彼らがもつ天性の才能を見出した八幡学園の豊かな教育方針を軸に、わかりやすく展示しています。

また、開催初日には、八幡学園理事・松岡一衛氏によるガイドで、山下清をはじめとする画家の生い立ちや、生前のエピソードとともに、作品の見どころを解説。
特に、放浪時代、現地ではまったくスケッチをせずに、学園に戻って半年~3年程経ってから風景画の貼り絵を制作し、細かな描写まで再現する、山下清の類まれなる観察眼についての話や、ドラマと実際の人物像の違いについては、皆さん興味深く頷かれていました。

山下清作品展示のあとは、石川謙二・沼祐一・野田重博といった3名の児童たちの作品が展開されます。
いずれも山下清よりも障害が重く、浮浪生活を余儀なくされたり、激しい虐待を受けたのち、八幡学園によって救済された子どもたちです。清のように世間にはその名が知られていないものの、最近になって芸術作品としての評価が高まっています。タイトルにある「生命の表現力」の言葉どおり、作品の放つ力強さや色彩、そして繊細さに、圧倒されます。

11歳で入園するまで、浅草の公園で暮らしていたという、石川謙二の作品。「クレパス画の異才」と評価されている。《学園の風呂場》クレパス/1938年。

「原始芸術の風格」があると評され、近年注目を集めている沼祐一の作品。《ひと》貼絵/1940年。

救護法該当児として11歳で入園。知能の障害が重いものの、作品は写実性があると期待された野田重博の作品。《花と虫のいろいろ》クレパス/1938年。

「生命の表現力 山下清とその仲間たちの作品展」は、川崎市市民ミュージアム 企画展示室1にて10月1日(日)まで開催。
なかなか観ることのできない貴重な作品の数々を、今のうちにご覧になってはいかがでしょうか。
※休館日、開館時間、料金等はこちらから。
川崎市市民ミュージアム

ページトップへ戻る

2017.08.31

油屋の庚申塔と昭和の風習

中原街道の小杉十字路から西明寺の信号方向までの区間は、大正時代から昭和初期にかけて大変賑わっていました。
現在では、賑わいの要は武蔵小杉駅周辺に移っていますが、交通量はいまもなお多く、決して広いとは言えない道幅に、車やバイク、自転車がひっきりなしに行き交う、小杉エリアの主要道路です。

その小杉十字路と西明寺を結ぶ中原街道の半ばに、「油屋の庚申塔」と呼ばれる、小さな石塔が建てられています。

1843(天保14)年に建てられたとされるこの庚申塔は、1940(昭和15)年に、地元の人々の有志で建て変えられたもの。手が6本ある青面金剛(しょうめんこんごう)の仏像で、恐ろしい形相で邪鬼を踏みつけ、その下には、一般的な庚申塔と同じく、三猿(見ざる、言わざる、聞かざる)の姿が見えます。

今ではあまり聞かない話ですが、この庚申塔の謂れについて、「中原街道と周辺の今昔」では、このように書かれています。

昔の人々は「人の身体に三尺(さんし)という小さな虫がいて、60日毎に回ってくる庚申の日に、天の神へ悪口を言いに行く」という言い伝えを信じ、その日が来ると眠らないでお祭りをし、虫が天に行くのを防いだという。

「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「庚申塔と大師道」より

そして、この油屋の庚申塔がある小杉御殿町では、2、30年前頃まで、庚申の日(60日に一度)に講中の6軒ほどがそれぞれの家に集まり、夕食会をする習慣があったそうです。
「小杉のかたりべ」小林美年子氏「昭和の小杉の人々と暮らし」より

青面金剛像の掛け軸をかけ、お供えをして線香をたて、そこでお酒やご馳走をいただくこの集会は、娯楽のない時代の楽しみのひとつでもあったと言われています。

昭和52年の夕食会の様子。(「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「庚申塔と大師道」より)

庚申の日、夕食会にかけられた掛け軸。(「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「庚申塔と大師道」より)

このような風習は各地であったものの、昭和後期になると神奈川県内でも数か所でしか行われていなかったそうです。
歴史ある小杉御殿町という土地柄だからこそ、続いた風習なのかもしれませんね。
油屋の庚申塔については、下記もぜひご覧ください。

「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「庚申塔と大師道」

「小杉のかたりべ」小林美年子氏「昭和の小杉の人々と暮らし」

ページトップへ戻る

2017.08.24

武蔵小杉駅バスターミナルの移り変わり

川崎市営バスと東急バスが入り交じるJR武蔵小杉駅北口のバスターミナル。これらのバスは、重要な交通機関として、小杉エリアに暮らし、働く人々を昔から支えてきました。

(「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「南武線と東急東横線の『武蔵小杉駅』」より)

昭和41年のバスターミナル。今とは少しレイアウトが違っていますが、写真上部の商店の軒並みは今も変わりません。

(「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「南武線と東急東横線の『武蔵小杉駅』」より)

こちらは昭和46年。駅舎側から眺めた風景です。全体的に建物が低く、見晴らしが違います。

(「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「南武線と東急東横線の『武蔵小杉駅』」より)

同じく昭和46年。ターミナル方面から、医科大方面を見た写真です。現在はどうなっているかというと…。

23階建ての武蔵小杉タワープレイスが建っています。

武蔵小杉駅北口バスターミナル周辺の街の変化については、「南武線と東急東横線の『武蔵小杉駅』」に数多くの写真が載っています。

武蔵小杉の街の移り変わりは、今もなお続いています。
「小杉3丁目東地区=Kosugi 3rd Avenue」街づくりも着々と進んでいますので、楽しみにしていてくださいね。

ページトップへ戻る

2017.08.14

からくりトリックの世界

川崎市市民ミュージアムで行われている企画展「からくりトリックの世界」にお邪魔してきました。
この展覧会は3Dアート作家・服部正志氏のトリック3Dアート展と、青森在住の木工作家・高橋みのる氏による現代からくりアート展のふたつの企画展示で構成されています。

まずは「服部正志 トリック3Dアート展」から。
トリック3Dアートとは、壁面と床面に描かれたアートを、ある1点の角度からカメラを通してみると、立体的に見えるアートのこと。テーマごとに3つのゾーンから成り立っています。
夏休み真っ只中とあって、子供たちとパパやママたちで、大変賑わっていました。

それぞれの作品には、このように、撮影するポイントとおすすめのポーズなどが書かれています。

早速、遊びに来ている子どもたちに協力してもらい、いくつかチャレンジしてみました!

「世界の冒険の旅ゾーン」から、手のひらに妖精が乗ったように見える《ティンカーベル》2016年作。

「日本ゾーン」から、巨大なお相撲さんを片手でひょいっとはたきこめる、その名も《はたきこみ》2016年作。

「不思議がいっぱいゾーン」では、小さく変身して、マリアッチの肩に乗ることができます。《とんがり帽子》2016年。

どんなポーズをとったらより面白い写真になるか、パパやママ、友だちと考えながら遊ぶ子どもたちの笑顔が、キラキラと輝いて、とても楽しい企画展です。
撮影して遊ぶアートなので、思い出がかたちに残るのも嬉しいですね。

次は館の反対側へ移動して、「高橋みのる 現代からくりアート展」へ。
高橋みのる氏は、テレビチャンピオン「木のおもちゃ職人選手権」での優勝経験のある木工作家です。

真っ先に目に飛び込むのが、大人の身長くらいの高さはある、特大サイズのトンボの作品。

《未来トンボ》2006年

からくりというだけあって、すべて手動や電動の作品。そして、全50作品のうち、電動の作品以外は、手で触って楽しむことができます。見ているだけでも充分楽しめますが、直接手に触れ動かしてみることで、その精巧な作りに圧倒されます。

動画でも少しお楽しみください。

《ロボカマキリ》1995年

《ロボトンボ》1995年

このほか、木製ボードとプロジェクションマッピングを組み合わせたボードゲームやパズルなどもあり、みんな驚いたりはしゃいだりと楽しんでいました。

「からくりトリックの世界」は8月20日(日)まで開催。
観覧料は2展覧会が楽しめて、一般500円、65歳以上・大学生・高校生400円、中学生以下は無料です。
企画展は有料ですが、川崎市市民ミュージアムは川崎の成り立ちと歩みを紹介する常設の博物館展示や、図書の閲覧・ビデオの視聴ができるミュージアムライブラリーなどはすべて無料。小杉エリアの散歩コースにおすすめです。

川崎市市民ミュージアム

ページトップへ戻る

2017.08.09

武蔵小杉ライフ10周年記念写真展

現在、イトーヨーカドー武蔵小杉駅前店の2階にて「武蔵小杉ライフ10周年記念写真展」が開催されています。

武蔵小杉エリア情報を10年も前から発信し続けている、非営利団体の老舗タウンサイト武蔵小杉ライフさん。その活動の軌跡である膨大な記録のなかから、「今はもう見られなくなった風景」を中心に、時系列で展示されています。
いずれも小杉の街を愛する気持ちが伝わってくるような作品ばかりです。

小杉町3丁目東地区に該当する地域のお写真もいくつか拝見することができました。

武蔵小杉ライフさんより、コメントをいただくことができました。

タウン情報サイト「武蔵小杉ライフ」が2007年5月に開設されてから10年が経過しました。
その間に地域の情報を伝えながら撮影した写真は、約20万枚にのぼります。

本写真展では、その膨大な地域写真のうち、「今はもう見られなくなった風景」を中心に、武蔵小杉の街の10年間の歩みを振り返ります。

何気ない風景ばかりですが、懐かしく振り返っていただけましたら幸いです。

開発が進む小杉街の10年の歩みを知ることができる、とても貴重な展覧会です。
会期は8月31日(木)まで。皆さまもぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

武蔵小杉ライフ

ページトップへ戻る

2017.08.04

多摩川と丸子の渡し

青空が広がる夏の多摩川。じりじりと焼き付けるような日差しにもかかわらず、丸子橋の架かる界隈では、サイクリングやジョギングを楽しむ人が行き来していました。

橋の下には、この場所で渡し船をしていたことを伝える、丸子の渡船場跡の碑があります。

丸子の渡しは、かつては70カ所以上あったといわれる多摩川の渡し場のひとつで、昭和9年に丸子橋が開通するまで、東京と中原を結ぶ唯一の交通機関として、利用されてきました。

大正10年の丸子渡船場。田畑の肥料として、肥桶を積んだ車を乗せていました。
(「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「丸子の渡し」より)

大正14年。川遊びとしても賑わっていたようです。
(「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ「丸子の渡し」より)

この時期の多摩川散策は、とっても気持ちがいいですね。しかし、水分補給は忘れずに!

丸子の渡しについては、「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブに詳しく掲載されています。気になってみた方は、こちらもご覧ください。

丸子の渡し

ページトップへ戻る