歴史資料室

「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ

「等々力緑地」の移り変わり

多摩川砂利採取禁止(昭和9年2月13日付)は、東京・神奈川の砂利業者にとって大きな打撃であった。

当時、東京での1年間の使用量の1/3は多摩川産であった。不景気の世の中で各地に採取販売の統制が行われた頃だったため、品不足をきたし価格の引き上げが行われていた。多摩川採掘の禁止から考え出されたのが「陸掘」であった。

昔から砂利採掘には、船中または水中で作業する場合と、旧河床の陸地で岡砂利を掘る場合とがあった。