歴史資料室

「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ

中原郵便局と警察署の発祥地

中原電話開通記念祝賀会々場(泉沢寺境内)(大正10年11月11日)

中原電話開通記念祝賀会々場(泉沢寺境内)(大正10年11月11日)

川崎小杉郵便局の所に大正10(1921)年11月、中原郵便局が建てられた(前身は明治36『1903』年12月10日にできて、小杉の安藤家『名主』にあった『郵便受取所』が、ここに移設された)。

大正の初期、各地で陸軍の大演習が行われることになり電信・電話が必要となった。そのため中原村の中心である小杉に郵便局(電信電話を併設)が設置された。

その頃、小杉・上丸子・宮内・新城・上小田中・下小田中などが合わさり、中原村が誕生した。中原村全体で電話を引いたのは36軒で41本だった。

この中原郵便局は街道沿いに瓦ぶき屋根の商家が多かった頃、トタンぶき2階建て、ベランダのある洋風でモダンな建物だったからよく目立った。

大正10年には郵便局の向かいに、神地にあった駐在所が移転してきた(川崎警察署高津分署中原駐在所と改称)。

大正14年には小杉をはじめ、丸子・宮内・神地・木月を管轄する巡査部長派出所となった。そして昭和11(1936)年4月には警部補派出所に昇格、すぐ改築され7・8人の警察官が勤務していた。丸子橋・木月・上、下小田中方面も管轄となった。

昭和17(1942)年7月1日、中原警察署となり武蔵小杉駅近く(小杉町3丁目)へ新築、移転した。

昭和16(1941)年4月、通信官制の改正で、中原郵便局は特定局(無集配)川崎小杉郵便局と改称された。

新しく、武蔵小杉駅近くに二等局(集配)の中原郵便局が誕生した。

水田がつぶれ、方々に住宅が建つようになった頃、西明寺にあった火の見や消防小屋も、郵便局と派出所の間に移されてきた。昭和50年代まであったが、今はその面影はない。

中原電話開通記念(集合写真:大正10年)中原村長はじめ地元有力者・来賓と郵便局員

中原電話開通記念(集合写真:大正10年)中原村長はじめ地元有力者・来賓と郵便局員

電話開通当日の郵便局員と村長はじめ地元有力者(大正10年)

電話開通当日の郵便局員と村長はじめ地元有力者(大正10年)

開設当時の電話番号表

中原電話開通記念祝賀会会場(泉沢寺境内)(大正10年11月11日)

郵便局職員と地元有力者(昭和6年)

郵便局職員と地元有力者(昭和6年)

電話開通当日の交換台(大正10年11月11日)

電話開通当日の交換台(大正10年11月11日)

トタン屋根で2階にベランダのある中原郵便局(今の川崎小杉郵便局)(昭和8年)

トタン屋根で2階にベランダのある中原郵便局(今の川崎小杉郵便局)(昭和8年)

川崎小杉郵便局(昭和35年)

川崎小杉郵便局(昭和35年)

火の見と消防小屋。手前(右)の建物は中原警察署に使われた(昭和47年)

火の見と消防小屋。手前(右)の建物は中原警察署に使われた(昭和47年)

中央に火の見と消防小屋があった。左が川崎小杉郵便局(平成20年)

中央に火の見と消防小屋があった。左が川崎小杉郵便局(平成20年)

川崎小杉郵便局と右に警察署があった(平成10年)

川崎小杉郵便局と右に警察署があった(平成10年)