歴史資料室

「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ

大日さまと西明寺

西明寺山門(昭和44年)

西明寺山門(昭和44年)

西明寺は大日如来を祀る真言宗智山派の寺。前は有馬(宮前区)にあったのが、江戸の初めに今の所に移されたと伝えられている。

西明寺の参道の入り口に3つの石塔がある。どれも江戸時代に建てられたもので、長い年月ここに立っている。

右の一番大きく高い石塔には大日如来の仏像を載せ、力強い文字で「大師遍照金剛(だいしへんしょうこんごう)」と書かれている。太い文字のまわりには現在も小杉にある姓や、亡くなった人の名、村の名などが刻まれている。

石塔の裏には「十方檀那滅罪生善(じっぽうだんなめつざいしょうぜん)」(大日如来を信ずる全ての者が、仏の力である罪や不幸をなくし、これからずっと幸せに生きられるように)という仏教の言葉で願いが書かれている。

江戸時代の終わり頃になると、お寺参りをする人が増えた。この石塔を建てた人々も「四国八十八処」とあるように、四国の八十八のお寺参りをした。

お寺参りの後、先祖をなぐさめ子ども達の幸せを祈って、この供養塔を天保13(1842)年に建てた。土地の人々はこの石塔を「大日さま」と呼んで親しんでいたという。

石塔の裏にも供養塔がある。天保4(1833)年に建てられたもので、この頃の世の中は外国との関係で日本の中が大きく変化していく時代であった。「国家安全」という文字が、この頃の人々の心意気を示している。

本堂は大正12(1923)年、火災にあい再建されている。参道の奥に見える本殿は、大正14(1925)年に新しく建立されたもので、先祖の立派な墓が数多くあって、歴史の古さを感じさせる。

西明寺は徳川幕府より御朱印10石を与えられ保護されていた。

参道入り口(左)にある石塔・大日如来像(昭和50年)

参道入り口(左)にある石塔・大日如来像(昭和50年)

西明寺参道(昭和50年)

西明寺参道(昭和50年)