歴史資料室

「中原街道と周辺の今昔」デジタルアーカイブ

御殿跡の酒造り(平六大尽・へいろくだいじん)原家

大陣京の原平八家(平成18年)

大陣京の原平八家(平成18年)

小杉御殿がなくなった後、江戸のいつの頃か御殿跡に稲荷が建てられた。

表御門のあった横道から石橋醤油店までの間に「平六大尽」という大きな屋敷があった。明治10(1877)年頃まで残っていたといわれている。

「大尽」とはお金持ちの事だが、この家は「大陣京」という屋号の原家である。

先祖が「平六大尽」の家を弟に譲って隠居した事から、「大尽隠居」ともいわれていた。

原家の祖先は千葉氏の流れをくむ武士で、小杉御殿ができた時に御馬屋敷と「やぶ」という家の間に住んでいた。

5代目の平六の頃から御殿跡に屋敷を持ち、代々「平六」を襲名していた。

原家には江戸時代の武士の礼装である裃、鎧、大刀・小刀(関孫六作)や、大名が休息した時、玄関に掲示した宿札「松平出羽守休」など多くの品物が保存されている。

太田南畝(蜀山人)の「調布日記」によれば「原平六が家に宿る」とあり、宿札などから推察すると、中原街道を通る大名も宿泊していたようである。

屋敷は明治末にはなくなり、その後代々、酒造りをしていたという。

中原街道に面して大きな長屋門を構え、土蔵が連なっていた。物資は西丸子小学校の左脇にあった「三右衛門河岸」から船で江戸(東京)へ運んでいた。

また泉沢寺の本堂の扉に、原家の家紋が刻まれていたが、現在では造り直されたため、見る事はできない。

① 小杉御殿の表御門跡。左が畳店、右が西村家(昭和50年) ② 原家の家紋が刻まれていた泉沢寺本堂の扉(昭和45年) ③ 「松平出羽守休」とある宿札(原家蔵) ④ 関孫六作の大刀・小刀(原家蔵) ⑤ 鎌倉時代に着用の鎧(原家蔵)

① 小杉御殿の表御門跡。左が畳店、右が西村家(昭和50年)
② 原家の家紋が刻まれていた泉沢寺本堂の扉(昭和45年)
③ 「松平出羽守休」とある宿札(原家蔵)
④ 関孫六作の大刀・小刀(原家蔵)
⑤ 鎌倉時代に着用の鎧(原家蔵)